kenma2005-07-11

リアルkenma、kenmaシニア、毛利先生からメールっていうか手紙が届きました!意外とめちゃくちゃなことを書いており、僕のめちゃくちゃさは、祖父譲りだということがわかる。以下、引用。

                                                                                                                      • -

昨夜10時少し前テレビをつけたら、変なドラマをやっていた。チャンネルはわからない。少し見ていると、一人の女性を二人の男が取り合っている。男は30位と18位、そしていとこ同士という。女は20代半ば、双方の男と関係が出来ている。この三人が画面に写って(もちろんヤラセだろう)若い男は、命をかけて、この女を守ると云っているが、とにかく双方とも俺の女だと云ってゆづらない。どちらが勝つかみたいになって、テレビを消したけれど、普通の男なら、まっ先に、こんな女は最低だと気付くべきだろうに。何という愚かさかと思って、オカシクなった。僕が見たのはそこまで。
而し、このドラマ? 一つの盲点をついていますね。男の争いというのは、屡、冷静さを欠いて、主題からはずれて、目前の勝ったか負けたかだけに拘る争いを見て来ています。

                                                                                                                      • -

kenma日記と一緒だね。っていうか、俺がkenmaを真似しているのか、似せているのか、わからないけど、まあリアルkenmaは確実に俺の中に根付いているね。意味がわからないし、オチもない。あと、人を食っているのか食っていないのかスレスレ。困った。
ということで、イトコつながりの話題が!

イトコが高田馬場に押しかけてお茶。近況報告しながら、相変わらずバカな話に終始。これからは親戚の集いの折、お互いに「ドルチェ」「ガッバーナ」と呼び合い、二人あわせて「D&G」ということにしようとかそういう話に終始。イトコから、弟の結婚式の段取りや店選びなどの話をきく。僕は相変わらず弟からは何も知らされていないので、大変興味深かった。弟の結婚相手が、ロードオブザリングのゴラムに似ているなどと悪たれをついておいた。イトコは現在ニキカイというところにいて、歌の日々を過ごしているらしい。ピラミッド型の組織で、話をきいているとなかなかハードそうな毎日だった。目黒の結婚式場で歌のアルバイトもしているらしい。しきりにコンパをしたいと言っていた。バカ話をしてイトコは帰っていった。

ラジオをはじめてした。すごく楽しかったのだが、いかんせん話し方があっちゃとびこっちゃとびだったので、リスナーは混乱したのではないかと思う。また番組中、考え込むと、無音になるので難しい。なにもない状況になってしまうのだ。深夜ラジオも好きだったし、伊藤正則先生のラジオも聞いていたので、ずっと偉大なる先達に対してヘタなことはできないぞ、と思い緊張していた。それでますます話がめちゃくちゃになった。それから僕が出演したラジオを聴いた人全員に、今後の人生において、HMに骨を埋める決意を持つようにさせなければならない、というような全HMマニアに対する責任感もあり、それも気分が億劫になった原因だった。ともかく楽しかったのでまた機会があれば、ラジオをしてみたい。
今回チャンスを与えてくれたjunneさんとomo*8さんには深い感謝をささげたい。実に貴重な体験を与えてくれてありがとう!それから、突然のお願いながらも、スピリチュアルな意味で、ダイレクトに言うとオーガナイザー役を買ってくれた桜端さんにも感謝したい。

と、好き勝手なことばかりやっているkenmaには以下の、リアルkenmaからの手紙の文面が待っていた。冒頭に引用した手紙の続きだ。

                                                                                                            • -

君も独り勝手歩きは許されないかもよ。

                                                                                                            • -

あとは、恐怖ランキングだけだか、ちょっと休憩だ。

その前の文脈は、弟が結婚し愛知県にいることや将来、妹も嫁ぐだろうから、「パパ」と「ママ」の世話は、君が見るんじゃないか、という恐怖。で、「ママは性格が合理的だから意外と暮らしやすいと思う」と、自分の母親を祖父から推薦される始末。ったくどーなってんだ?で、独り勝手歩きはNG発言が出るわけです。残念。僕は勝手歩きストで一生野良風癒し系でいくと決めています。kenmaさんそりゃないよってわけだ。

将来、一番ちゃらんぽらんで好きなことしかやってこなかった人間が、両親の面倒を見るというのは、軽く恐怖であるが、恐怖は他にもある。

最近「人が死ぬとき」(朝日文庫)という本を古本屋で買いました。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022612312/250-2205838-3027415#product-details
いろんな人の奇妙な死が掲載されている。読んでいると、井の頭動物園の象、ハナコさんが二人も人を踏み潰して殺していることがわかったりする。一人は飼育員だが、もう一人は井の頭公園のそばに住んでいた動物大好き中年で、よく深夜の井の頭動物園に侵入してはつかまっていたらしい。おそらくハナコさんの檻に入りこみ、踏み潰されたのでは、との推測が載っている。
それで、僕がこの本を読みながら、一番ゾッとするのが、ジェットコースターなどの事故だ。それこそが僕にとっての恐怖である。
まず、僕は恐怖を死を前提に考えている。そして死後ばかり考える宗教者ではないので、死そのものにいたるまでの生を考えてしまう。どこまで死という状態が完全に規定されるか、医者ではないのでわからないが、生から死に変わるポイントのその寸前まで、死を感じる死に方があるだろうが、その死を感じる時間が長ければ長いほど、また強烈であればあるほど、恐怖というのは増大すると思う。
倉橋という中学校の同級生と結婚した女がいたが、倉橋は小学校のときなかなかの運動上手で、僕が放課後、校庭の端を調査していると「何してるの?」ときいてきて、鉄棒に誘った。僕は「ヒコーキ」ができたので、低学年の弱小ガキ連中が戯れる低い鉄棒ではなく、砂場の上にある高い鉄棒(体操用のヤツって言えばいいのか?小学生が軽くぶる下がれるサイズのヤツだ)で、ヒコーキをしてどっちが遠くまで飛べるかなどして遊んでいた。またある日、調査をしていると倉橋が近づいてきて鉄棒に誘う。またヒコーキ勝負かと思うと、倉橋は、今日は別のことをやろうという。倉橋の新必殺技「逆ヒコーキ」だった。

「ヒコーキ」とは図で見ると本当にわかりやすいものだが、まず右上の低学年の取るに足らない低学年の奴らが遊ぶ低い鉄棒ではなく、左上の高い鉄棒で行う。
この鉄棒の棒の上にM字開脚で乗り、手で支える。で、勢いをつけて回る。
普通のヒコーキは、前を飛ぶだけなのだが、倉橋の逆ヒコーキは、空中で一回点して着地する。そうしないと、頭から、回転の勢いを持ったまま地面へ突っ込むことになる。倉橋がやるのをみて次に僕がやりましたが頭から突っ込みました。幸い砂場に頭を突っ込んだので、皮膚が裂けたりやぶけたりはしませんでしたが、すごく頭が痛かったのと、まずい方向に首がねじれたのを覚えています。もしかしたらちょっと気絶していたかも。ようやく頭がボンヤリとしながらも、復帰したので、倉橋をシカトして、校庭の調査も切り上げ速攻で家に帰りました。それ以来倉橋とはあまり遊ばなくなってしまいました。倉橋もひいていたと思います。逆ヒコーキができない格好悪さとともに、小学生なりにもシャレにならない落ち方、頭のぶつけかたをしていたからです。本当に死ぬかと思いました。
それ以来、僕は全身が別の力にゆだねられるのが大嫌いになりました。ジェットコースターもいくら、座席でふんばっても、全身が別の力にゆだねられる。だから嫌い。また川で流されて、15メートルくらいの高さの防砂堤(というのか?)の手前で運よく巨岩にぶち当たり命をとりとめたことがありましたが、そのときも恐怖を感じました。どう自分ががんばってもドンドン死に近づく恐怖。落下したり、高速で坂を下ったり、川に流されたりすると「ちょっとタンマ」がききません。そのきかなさが恐怖です。以上うまく書けたのでしょうか?